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函館地方裁判所 昭和44年(ワ)155号 判決 1973年3月23日

原告

山本武夫

原告

林政治

右両名訴訟代理人

立木豊地

外二名

被告

右代表者

田中伊三次

右指定代理人

宮村素之

外七名

主文

一  被告は原告両名に対し各金五、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四四年四月二一日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告両名のその余の請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告両名の、その余を被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告両名

1  被告は原告両名に対し各金一〇万円および右各金員に対する昭和四四年四月二一日から各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  被告

1  原告両名の請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告両名の負担とする。

3  仮執行免脱宣言。

第二  請求原因

一  昭和四四年二月二六日当時、原告山本武夫は、札幌郵政局所轄函館東郵便局(以下函館東局という。)保険課内務主事の地位を、原告林政治は、同課外務主事の地位をそれぞれ有する郵政職員であつたが、同日原告両名の服務監督権者であつた同局局長上田定男(以下上田局長という。)は、原告両名に対し、口頭による注意処分(以下本件口頭注意という。)をなした。<中略>

第四  抗弁

一  昭和四四年一月下旬ころ、函館東局において、例年にない雪害や多数の病欠者等が発生したため、郵便物の配達遅延が多発し、公衆に著しく不便を及ぼすこととなつた。そして、同年二月一四日に至るも、この配達遅延状況は一向に解消しなかつたため、この解消を目的とする同局各課の主任以上の職員による業務打合会を開催する必要が生じた。しかして、同日同局管理者は、翌一五日の土曜日(以下本件土曜日という。)の勤務時間後である午後一時から約二時間、まず庶務会計室、貯金課および保険課の主任以上の職員による業務打合会を開催することとし、保険課長村田健(以下村田課長という。)は同月一四日原告両名に対し、右業務打合会に出席するよう時間外勤務命令を発した(以下これを本件超勤命令という)。

二  しかるに、原告両名は、何ら正当な理由がないのに本件超勤命令を拒否し、右義務打合会に出席しなかつた(以下本件超勤拒否という。)。

三  ところで、原告両名の正規の勤務時間は、一日について八時間、一週間について四四時間、月曜日から金曜日までの各曜日は八時期、土曜日は四時間(午前八時三〇分から午後零時三〇分まで)と定められていたが、郵政省就業規則(以下新就業規則という。)第六五条において、原告両名の職種については、正規の勤務時間と時間外勤務時間との合計が一日について八時間、一週間について四八時間を超えない範囲内で時間外勤務を命ぜられることがある旨定められていた。

しかして、本件超勤命令は、新就業規則第六五条所定の時間外勤務を命じたものであるところ、就業規則にはいわゆる規範的効力があるから、原告両名は、この命令に従うべき義務を負つていたものである。加えて、国家公務員法第九六条第一項、第九八条の法意も斟酌されるべきである。<後略>

理由

第一争いのない基本的事実

一原告両名の地位および本件口頭注意

請求原因第一項の事実は、当事者間に争いがない。

二本件口頭注意の理由

昭和四四年二月一四日村田課長が原告両名に対し、本件土曜日の午後一時からの本件会合に出席せよとの本件超勤命令をなしたことは、村田課長の文言ならびに本件会合の目的および内容の点を除いて当事者間に争いがない。また、本件超勤命令に対し原告両名が本件超勤拒否をなしたことおよび本件口頭注意がなされた理由が右超勤拒否に存することも当事者間に争いがない。

三原告両名の勤務時間等

原告両名の正規の勤務時間が抗弁第三項記載のとおりであること、本件超勤命令が法内超勤を命じたものであることおよび原告両名が全逓の組合員であることも当事者間に争いがない。

第二郵政職員の時間外勤務

一はじめに

原告両名が本件超勤命令に従うべき義務を負つていたのであれば、その余の点について判断するまでもなく、本件口頭注意は正当な理由を有し、何ら違法と評価し得ないと言える。そこで、まず、原告両名が本件超勤命令に従うべき義務を負担していたか否かについて判断することとするが、その前提として、本件における最大の争点とも言える郵政職員の時間外勤務に関する諸規定およびその効力について検討する(本件との関連上、原告両名の職種である一般職員の法内超勤義務を中心として述べる。)。

二  勤務時間および時間外勤務に関する諸規定

本件超勤命令当時、新就業規則第六五条、勤務時間協約、時間外労働協約および了解事項のあつたこと、ならびにその内容については、その効力を除いて当事者間にほぼ争いがない。しかし、正確を期するためなお検討を加えるに、<証拠>によれば、その内容は次のとおりであると認められる。

1  新就業規則第六五条において、「原告両名の職種の職員は、正規の勤務時間(同規則第三八条によつて、一日について八時間以内、一週間について四四時間とされている。)と時間外勤務の時間との合計が、一日について八時間、一週間について四八時間を超えない範囲内において、時間外勤務を命ぜられることがあるものとする。」旨定められている。

2  勤務時間協約においては、「職員の正規の勤務時間は、一日について八時間以内、一週間について四四時間とする。」と定められている。

3  所定勤務時間を超える労働、すなわち時間外労働に関し、時間外労働協約第二条第一項において、「郵政省は、やむを得ない事由のある場合に限り、職員に時間外労働または休日労働をさせることができる。」と、同条第二項において、「前項のやむを得ない事由のある場合は、次のとおりとする。

第一号 郵便、為替、貯金、保険、年金、電信および電話の各業務(これに附帯する業務を含む)がふくそうして利用者に不便を与えると認められるとき

第二号 貯金、保険および経理事務(資材および給与事務を含む。)その他その日の計算処理上やむを得ないとき

第三号 人事、労務、経理、資材、貯金、保険その他決算事務等で時期的に加重する業務を処理するとき

第四号 輸送機関の遅延または通信施設の障害等により、業務の遂行上やむを得ないとき

第五号 災害等のため臨時の必要あるとき

第六号 人員の繰り合せ上必要やむを得ないとき

第七号 特殊の業務を分担し、その処理を他の者に行わせることができないとき

第八号 各種の会議、研究会、訓練、試験、検査および競技会等の場合で必要やむを得ないとき

第九号 病院または診療所において医師および看護婦が手術その他患者に対する応急措置を施すとき

第一〇号 その他急速に処理を要する業務の渋滞を防止するためにやむを得ないとき

と定められている。

4  了解事項においては、時間外労働協約の運用について、「時間外労働協約締結後すみやかに各事業場ごとに、同協約第二条における時間外労働または休日労働をさせる場合の時間数の最高限を協議し、労働基準法第三二条、第四〇条および第三五条の定めを超える部分については、同法第三六条の協定を同法の規定に従い締結するものとする。」旨了解することが定められている。

三従前の経緯

<証拠>ならびに当裁判所に顕著な法規の存否および改廃に関する事実によれば、前記新就業規則および各協約等が定められるに至つた経緯は、次のとおりであることが認められ、これを覆すに足りる適確な証拠はない。

1  昭和二七年七月公労法が改正され、昭和二八年一月一日から郵政職員に対しても公労法、ひいて労働基準法および労働組合法が適用されることになつたが、その以前においては次のとおりの定めがあつた。

(一) 給与法第一四条において、「職員の勤務時間は休憩時間を除き、一週について四〇時間を下らず、四八時間を超えない範囲で人事院規則又は人事院の承認を経て各庁の長が定める。」旨の規定があつた。

(二) これを受けて、昭和二五年一〇月九日郵給第四六六号「服務時間実施要綱」が制定され、これによつて一般の郵政職員の服務時間は、実働一日八時間、一週四四時間(勤務日一週六日のうち一日が半休日で、勤務時間は四時間となる。)とされ、この実施要綱に規定のない事項には、人事院規則一五―一「職員の執務時間等の基準」が適用されていた。なお、当時は現行の人事院規則一五―一第一〇条のように、時間外勤務を命ずることができる旨の規定はなかつた。

(三) なお、給与法第一六条は、「正規の勤務時間を超えて勤務することを命ぜられた職員には超過勤務手当を支給する。」旨定めており、また、大正一一年に制定された閣令第六号は、「官吏は事務の状況に依り必要あるときは、執務時間外と雖も執務すべきものとする。」旨定めていた。

2  昭和二八年一月一日公労法が適用されることになつた際、従前の法律の適用を除外された労働条件がどのようになるか疑義が生ずるので、全逓と郵政省とは暫定協約を締結し、第一条において、「(従前の法律の適用を除外された労働条件は)、昭和二七年一二月三一日において適用されていた法令の規定する取扱および従前の慣行による。但し、職員の労働条件に関する協約等が締結されたときは、その定めるところによる。」と定め、第二条において、「この協約は、暫定的なものであるから、郵政省および全逓は、職員の労働条件の改善を図る目的で、誠意をもつて速かに労働協約締結のために交渉を行う。」旨定めた。

しかして、郵政職員の労働条件は、勤務時間および時間外勤務をも含めて、右暫定協約によつて暫定的に従前の法令、慣行によることとされ、速かに新規の労働協約を締結し、確定的な労働条件を明確にすることが予定されていたももである。

3  しかるに、郵政省は、昭和二八年六月一〇日に旧就業規則を制定し、その第二六条において、「(一般職員は)、正規の勤務時間を含めて四週間を平均し、一週間について四八時間までは所定の勤務時間を超えて勤務を命ぜられることがある。」旨定めた。郵政省は、これをもつて法内超勤義務の根拠とする意図であつたところ、全逓本部も右制定直後においては、法内超勤義務のあることを認めるかのごとき言辞を用いたことがあつた。

4  しかし、全逓は、その後速かに旧就業規則が暫定協約あるいは労働基準法に違反している点を問題とするようになり、昭和二九年一〇月五日には勤務時間の改善を求めて公共企業体等労働委員会に仲裁申請をなした。同委員会の仲裁委員会は、昭和三〇年四月一六日一般職員の勤務時間は一週実働四四時間とする旨の仲裁裁定をなしたが、右裁定は、その余の多くの問題を団体交渉ひいて労働協約の締結にまつことにした。

5  右のような経過の中で、特に争いのあつた時間外労働について、全逓と郵政省とは、昭和二九年一二月一七日前記時間外労働協約および了解事項と同内容の労働協約および了解事項(以下時間外労働協約および原了解事項という。)を締結し、その後、その都度これを更新して今日に至つている。

なお、原時間外労働協約を締結した際、同協約の対象としている時間外勤務が一週間について四四時間を超える勤務を言つていることは、全逓および郵政省の双方にとつて異論がなかつた。しかしながら、法内超勤について、郵政省は、右協約がなくても旧就業規則第二六条によつて当然命じうることを前提にしており、全逓は右協約によつてはじめて命じうることを前提にしていたため、同協約の体裁、文言等をめぐつて相当の議論が展開されたが、ついに意見が一致しないまま、前記のとおりの内容として締結された。

原時間外労働協約および原了解事項の締結後、全逓はその組合員に対し、時間外労働協約が締結されていても「三六協定」が締結されない限り、法内超勤命令と雖もこれを拒否するよう指導し、各組合員も概ねこれに従つていた。

6  全逓と郵政省とは、昭和三三年四月一五日勤務時間について、本件超勤命令当時の前記勤務時間協約とほぼ同内容の労働協約(以下原勤務時間協約という。)を締結し、その後その都度これを更新して今日に至つている(細部の改正は行われている。)。この協約の解釈についても、全逓および郵政省は、本件における原告および被告のそれぞれの主張に副う主張をして争つている。

7  郵政省は、昭和三六年二月、旧就業規則を全面改正し、旧就業規則第二六条と同趣旨の規定を新就業規則第六五条に定めた。全逓は、これに対し原告が本件において主張するところと同様にその無効を主張した。

8  全逓の法内超勤をも含めた時間外勤務に対する態度は、要するに、時間外労働協約および「三六協定」が締結されており、かつ、「やむを得ない事由」のある場合に限つて時間外勤務命令に応ずるとのことであつた。したがつて、右の要件を具備しない時間外勤務命令に関して、労使間にしばしば紛争が発生していることは、ほぼ公知の事実である。

四法内超勤の一般的法理

1  当裁判所の見解

労働協約によつて基準労働時間より短い労働時間が定められている場合の時間外勤務(いわゆる「法内超勤」)の一般的法理について検討する。

当裁判所は、労働協約によつて基準労働時間より短い労働時間が定められている場合においては、その労働協約が締結されるに至つた経緯、文言、体裁等に照らして別異に解すべき特段の事由がない限り、労働者は使用者に対し、その労働協約に定められている労働時間の範囲内でのみ労働すべき義務を負つているに過ぎず、右労働時間を超えて労働すべき義務は、原則として当該労働者の明示もしくは黙示の同意のない限り発生しないものと解する。

けだし、労働契約とは、労働者が使用者の指揮命令に従つて一定時間労働することの対価として使用者から一定の賃金を受け取ることの合意にほかならず、労働者は、使用者に対し、労働契約に定められた労働時間を超えて労働すべき義務を負担していない。したがつて、使用者としては、労働契約に定められた労働時間を超えて労働させようとする場合には当該労働者と時間外労働契約を締結することを必要とする。

そして、時間外労働契約の態様としては、大別すると、

① 時間外労働をする日時ごとに使用者と当該労働者とが個別的に契約する場合

② あらかじめ、毎週何曜日の何時から何時までとか、毎月何日の何時までというように具体的な日時を特定して契約する場合

③ 一般的概括的に、使用者は労働者に対し基準労働時間の範囲内において時間外労働を命ずることができるという内容の契約をする場合

等が考えられるところ、かかる時間外労働契約が締結されていない場合には、労働者が勝手に時間外労働をしても賃金請求権が発生しないのと同様に、使用者が一方的に時間外労働を命じても、原則として何らの労働義務も発生しないのである。

2  予想される反論

右見解に対して、労働基準法第三二条、第三六条の規定ならびにわが国における従前の労使関係に照らして、使用者および労働者は、労働契約において、労働協約に法内超勤義務の不存在を明記していない限り、法内超勤命令に従う義務があることを当然の前提としているとの反論も予想される。しかしながら、同法第三二条等に定められている労働時間は、労働条件の最低基準を示したものであり、また、同法第三六条所定の協約があるか否かは、元来刑事罰を免れるか否かの側面で意味を有するに過ぎず、時間外労働義務の有無とは直接的な関連がないのであつて、時間外労働義務の有無は、基準労働時間を超える超過勤務であるか、あるいは、いわゆる法内超勤であるかによつて別異に解すべき性質の問題ではないのである。

そしてまた、わが国の従前の労使関係において労働者が法内超勤命令に対して何ら異議を唱えることなく従つていたとしても、それは労使間に右命令毎に前記①の類型の時間外労働契約が個別的に締結されていたものに過ぎないと言うべく、右のことからわが国の労働者は、一般的にその労働契約において法内超勤義務のあることを合意していたものと解するのは相当でない。

よつて、右反論は理由がないものと思料する。

五勤務時間協約の解釈

1  本件の勤務時間協約に、「職員の正規の勤務時間は、一日について八時間以内、一週間について四四時間とする。」との定めがあることは、前記認定のとおりである。

2  そこで、本件の勤務時間協約について、その趣旨を別異に解すべき前記特段の事由があるか否かについて検討する。

証人加宮由登(郵政省人事局管理課課長補佐)は、原勤務時間協約締結当時から今日まで、法内超勤義務の有無をめぐつて全逓と郵政省との間で意見の対立があり、勤務時間協約においては時間外勤務について全然触れていないため、勤務時間協約は時間外勤務義務の有無を論ずる際何らの参考にもならない旨証言している。

しかしながら、昭和二九年の原時間外労働協約あるいは昭和三〇年の前記仲裁裁定において、すでに郵政職員の勤務時間が一週間について四四時間であることは確定しており、また、全逓が原勤務時間協約締結当時から今日まで、一貫して勤務時間協約をもつて法内超勤義務の存しないことの一根拠としようとしていたことは前記認定のとおりであるから、郵政省が右のような見解を有していたことは、勤務時間協約の趣旨を別異に解すべき特段の事由と言い得ない。

そしてまた、郵政職員の組合の締結した労働協約にも規範的効力が認められている以上、郵政職員が国家公務員であることのみをもつて、右特段の事由があるとは言い得ない。

3  したがつて、郵政職員は、勤務時間協約によつて、一週間について四四時間の範囲において勤務すべき義務を負つているに過ぎず、右時間を超えて勤務すべき義務は、時間外労働契約のない限り、原則として生じないこととなる。

六時間外労働契約の有無

1  はじめに

郵政省と原告両名との間にいかなる時間外労働契約が締結されていたかについて検討するに、前記四の1に掲げた①あるいは②の類型の時間外労働契約の存在を認めるに足りる証拠はない。

そこで、③の類型の時間外労働契約が締結されていたか否かについて以下順次判断する。

2  新就業規則第六五条の効力

(一) 勤務時間の長さは、労働契約中最も基本的な労働条件であつて、元来労使間の明確な合意によつてのみ定められるべきものであるから、就業規則の定めによるとの慣習が認められない以上、一方的に定められた就業規則によつて勤務時間の長さが定まるいわれはない。

しかるに、本件では勤務時間を一週四四時間とするについては前記のとおり勤務時間協約および就業規則により労使間に明確な合意があるけれども、これを超えるいわゆる法内超勤については明確な合意がなく、また法内超勤について就業規則の定めるところによるとの慣習も存在しないことが明らかである。

(二) 他方、仮に就業規則によつて法内超勤義務を定め得るとしても、前記勤務時間協約が存在する以上、労働基準法第九二条第一項によつて、新就業規則第六五条は右協約の趣旨に牴触することを得ず、これに牴触する部分は無効と言うほかない。

(三) したがつて、郵政省の意図はともあれ、新就業規則第六五条の定めは、その文言のとおり、法内超勤を命ぜられることがあることを郵政職員に予知させるための注意規定に過ぎず、法内超勤義務を定めたものと解することは到底できない。

3  時間外労働協約および了解事項の効力

(一) 前記認定事実ならびに<証拠>によれば、原時間外労働協約および原了解事項が締結された意味は二つあり、それは、ほぼ次のとおりであると認められる。

(1) 三六協定は、法文によつて各事業場ごとに締結されるべきところ、郵政省における「事業場」は全国の至る所にあり、各事業場において時間外労働を必要とする具体的事由等について逐一実質的に協議することは煩瑣に耐えず、また、年末年始等時間外労働を必要とする繁忙期において各事業場における三六協定の締結状態が区々に別れると郵政事業に諸々の支障をきたすこととなる。そこで、郵政省は、まず各事業場における郵政職員の大半が加入している労働組合である全逓の中央本部との間に時間外勤務の事由、手続等についての労働協約を締結し、これが締結されると、各事業場における全逓支部もしくは分会が、全逓中央本部からの指令、指示等による指導等に従つて、時間外労働時間の最高限について協議したうえ、三六協定の締結に応ずることとなり、もつて時間外勤務について全国的に歩調を揃えることができる。

(2) 基準労働時間を超える時間外勤務のみならず法内超勤についても、労働協約によつて時間外勤務を命ぜられることがある事由および手続を厳しく定め、もつて法内超勤と雖も無制限に時間外勤務を命ぜられることがないように規制し、さらに、法内超勤をも含めた時間外勤務の時間の最高限を各事業場において協議することによつて、各事業場の自主性を尊重することができる。

(二) ところで、本件全証拠によるも、時間外労働協約が所定の事由ある場合に時間外勤務義務のあることを定めたものであるか否かは不明である。しかし、仮に時間外協約が時間外勤務義務の存在を定めたものであるとしても、個々の組合員がこの協約によつて直ちにこの義務を負うことはないと解すべきである。けだし、労働組合法第一六条に所謂労働協約の規範的効力とは、当該労働協約に定める労働条件よりも労働契約の方が労働者にとつて不利益な場合にのみ、その不利益な部分を無効とし、その場合には当該労働協約に定める労働条件が労働契約の内容になるという片面的な効力をいうのである。したがつて、労働協約が労働契約よりも不利益な労働条件を定めても、直接的には組合所属職員の労働条件について何らの効力も生じないのである。そして、労働契約上時間外勤務義務を負つていない職員に対し右義務を負わせるような労働協約の定めが労働契約よりも不利益な労働条件を定めたものであることは明らかである。

したがつて、時間外労働協約によつて個々の全逓所属職員が直接時間外勤務義務を負担することになるわけではない。

(三) 因みに、時間外労働に関する協約の了解事項に所謂時間外労働には、法内超勤を含めるか否かについて、全逓と郵政省との間に長年にわたる論議が継続されており、真の了解に達していなかつたことが窺えるところである。

もとより、法内超勤の問題は三六協定の問題と関係のないことは被告の主張するとおりであるけれども、<証拠>によれば各事業場において法内超勤を含めて時間外勤務の最高限を協議し、了解事項にいう協議が整えば直ちに三六協定が締結されるのが従前の例であることが認められ、これによれば、右三六協定の締結されていないことは、法内超勤についての協議が整つていないことを意味することとなり、全逓が右三六協定締結ないし協議の整うまで法内超勤を含めて一切の時間外勤務命令を拒否するよう指導している態度が首肯できるのである。

4  以上検討の結果によれば、前記③の類型の時間外労働契約の存在もまた認めることはできない。

七むすび

よつて、本件超勤命令当時原告両名の職種の郵政職員は、労働契約上法内超勤命令に従う義務を負つていなかつたと言わざるを得ない。

第三本件超勤拒否と権利の濫用

一  はじめに

前記第二の三において認定したとおり、ここ十数年に亘つて時間外労働協約および三六協定の締結されており、かつ、年末年始の繁忙期等「やむをえない事由」がある場合には、全逓所属職員は、相当の理由のない限り時間外勤務命令を拒否することなく右命令に従つて勤務してきた。また、郵政事業が国民の日常生活と密接な関連を有する公共性の強いものであることは多言を要しないのであつて、時間外労働協約第二条に謂う「やむを得ない事由」があるにもかかわらず、郵政職員が時間外勤務命令に従わないならば、その事業の遂行に重大な支障をきたし、ひいては国民の日常生活に混乱をきたすことは明らかである。

右のような歴史的経緯ならびにその職責の重大性に鑑みると、時間外労働協約第二条に謂う「やむを得ない事由」が存在するにもかかわらず、郵政職員が法内超勤命令を拒否することは、仮に了解事項に謂う三六協定が締結されていない場合においても、右「やむを得ない事由」の重要性および緊急性の程度ならびにその拒否の理由如何によつては、権利の濫用と評価されることがあり得るものと解される。

そこで、本件超勤命令当時、右「やむを得ない事由」があつたか否かについて検討することとする。

二本件超勤命令

1  <証拠>によれば、本件超勤命令のそもそもの提唱者は菊池次長であつて、昭和四四年二月一四日に庶務会計長、貯金課長および村田課長に本件土曜日の午後一時から本件会合を開催するから当該課の中間管理者である主事、主任に対し、これに出席するよう時間外勤務命令をなせと指示したこと、その際「局のこともいろいろ話し合いたい。」旨述べたので、右の課長らのなかには本件会合の目的は新任次長の演達と解した者もあつかたかもしれないことが認められ、これに反する証拠はない。

2  そこで、前記争いのない事実および<証拠>によれば、同日村田課長は原告両名に対し本件土曜日の午後一時から新任の菊池次長の演達があるから出席するようにとの本件超勤命令をなしたことが認められ、これに反する証拠はない。

三本件超勤拒否

<証拠>によれば次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  本件超勤命令当時函館東局においては、三六協定が締結されておらず、この締結権を有していた東渡島分会は、その締結および時間外勤務の在り方をめぐつて郵政当局となお交渉中であつた。そこで同分会の分会長であつた木原清治は本件土曜日の朝、原告両名に対し三六協定が締結されていないから従前からの全逓の方針に従つて本件超勤命令を拒否するよう指示した。

2  原告両名はこの指示に従うことにし、同日村田課長に対し組合の指令に従つて本件超勤命令を拒否する旨申し述べたうえ、本件会合に出席することを拒否した。

3  なお、原告両名は従前、時間外勤務命令を受けたことが一度もなかつた。また、函館東局の全逓所属職員に対して、三六協定が締結されていない期間中に時間外勢務命令がなされたことは、本件超勤命令まで一度もなかつた。本件超勤命令以後においては、三六協定無締結期間中であつても法内超勤命令はしばしばなされているが、昭和四五年一〇月までは(同月以降については証拠がないので、不明である。)全逓所属職員は概ねこの命令を拒否し、時間外勤務に従事しなかつた。にもかかわらず、これらの拒否に対して今日まで本件以外如何なる処分もなされていない。

四本件会合の目的と内容

1  <証拠>を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一) 本件会合の出席対象者とされた中間管理者は合計一〇八名であつたが、原告両名が本件超勤拒否をなしたほか、貯金課の榎波主任が風邪のため、保険課の林主任が親戚の引越のためそれぞれ欠席した。したがつて、本件会合に出席したのは、結局、上田局長、菊池次長、庶務会計長、貯金課長、村田課長および六名の中間管理者であつた。

(二) 菊池次長は、本件会合の冒頭において約三〇分間に亘り訓辞したが、その内容は、相当の郵便遅配が生じているから各課が協力すべきこと、中間管理者は全局的視野で仕事をしなければならないこと、勤務時間を厳守すること、全逓と全郵政間の軋轢が職場内に持ち込まれているが、宗教が自由であると同様どんな組合に加入しても各個人の自由なのだから、このことを職場に持ち込んではならないこと、目標管理の推進等が主なものであつた。右訓辞の後、出席者の間で意見が交換されたが、その主たる内容は、中間管理者の指揮命令系統のこと、中間管理者が如何にして部下職員に対し勤務時間を厳守させるかとのこと、目標管理のこと、遅配解消のためには郵便課の指揮命令系統をより明確にすべきこと等であつた。

2(一)  <証拠>によれば、本件超勤命令の前後における函館東局の郵便遅配状況は次のとおりであると認められ、他にこれについての証拠はない。

函館東局においては、昭和四三年の暮ころから本件超勤命令当時まで、郵便遅配がほぼ横這いの傾向にあり、菊池次長が赴任してからの郵便遅配による滞留数は、一日の最高が二、五〇〇通くらいで、日によつては一、〇〇〇通ないし一、五〇〇通くらいであつた。そして、一人が一日に配達できる数は、区域によつても差があるが、大体八〇〇通であつた。しかして、三名の病欠者のうちの一名が勤務に復帰したこと、また作業手順を一部変更したこと、二月二〇日に函館東局における「三六協定」が締結されたこと等によつて、右滞留は三月二日までに解消し、同日以降菊池次長の在函中には滞留が発生しなかつた。

(二)  右認定事実によれば、本件超勤命令当時函館東局において、郵便遅配の状況は存在したものの、その主たる原因は郵便課に若干名の病欠者が出たためであることが明らかであり、その程度は、二、三名の臨時雇用者を採用することによつて直ちに解消し得る程度であつたと言うほかない。

3(一)  証人菊池三男は、本件会合を本件土曜日の午後一時に開催することとしたことについて次のとおり供述している。

すなわち、同人は、昭和四二年以来札幌郵政局人事部要員課課長補佐の職にあつたところ、昭和四四年二月一二日郵便遅配解消のため函館東局次長の兼務を命ぜられ、同日札幌から赴任し、翌三月一五日札幌に戻つたものであるが、同年二月一三日、一四日の両日函館東局内を視察した結果、郵便遅配の原因は第一に長期病欠者が赴任前六名、赴任当時三名あつたこと、第二に作業手順に非能率な点があつたこと、第三に中間管理者である主事、主任の郵便遅配解消に対する熱意が不十分であつたこと、第四に全逓と全郵政間の軋轢が職場内に持ち込まれていることであると判断し、まずもつて業務打合会を開催して、中間管理者の意識を昂揚させ、その機能を十分に発揮させる必要があると考え、本件土曜日の午後一時から全局の全中間管理者による業務打合会を開催することとし、たまたま郵便課長が同月一二日付をもつて更迭し、新任課長は未着任の状況にあつたので、郵便課については別の機会に譲り、同課の中間管理者は招集しないこととした旨供述している。

(二)  しかしながら、右供述部分は、前記認定の事実に照らし措信し得ない。

そしてまた、本件土曜日になされた本件会合の前記実態に鑑みれば、証人菊池三男の供述するところの「業務打合会」においては、郵便課の者が不参加の故もあつてか、郵便遅配解消に関する具体的な方策についての討論は副次的なものであつて。むしろ菊池次長の各中間管理者に対する心構えについての訓辞が中心的内容であつたと窺われる。ひいて、右「業務打合会」の主たる内容は、村田課長が原告両名に対して申し述べたとおり、「新任次長の演達」にほかならなかつたと推認される。

(三)  しかしてまた、本件全証拠によるも、郵便課以外の者が如何なる態様において郵便遅配解消に寄与し得るのか、また従前如何にしてどの程度寄与してきたのか定かでない。さらにまた、仮に郵便遅配が憂慮すべき事態にあり、是非とも郵便課以外の者の援助が必要であつたのであるならば、そのための業務打合会を何故正規の勤務時間中に開催しなかつたのか、本件超勤命令当時原告両名が正規の勤務時間中に約二時間の業務打合会に参加することによつて、原告両名が元来負担していた仕事にどの様な支障が生じたのか、まつたく不明である。

4  証人菊池三男の前記供述を措信しないので、本件会合の目的が何であつたのかは明確でないけれども、前記検討結果を総合すると、本件会合の目的は、結局のところ、新任の菊池次長の所信表明を目的としたものであつたと推認される。

五「やむを得ない事由」の有無

1  時間外労働協約第二条第一項の「やむを得ない事由」とは、同条第一、二項の体裁および文言からして、同条第二頃各号に列挙されている事由に限られていることが明らかである。けだし、同項第一〇号は包括的文言を使用している。

しかるに、被告は「やむを得ない事由」があつたと主張するのみで、同項各号中のいずれの事由があつたのか明示していない。よつて、同項第一号もしくは第八号の事由があつた旨主張しているものと解し、これについて順次検討することとする。

2  まず、同項第一号の事由があつたか否か検討するに、本件超勤命令当時、郵便業務に若干の「輻輳」があつたことは前記認定のとおりであるけれども、同号はこの「輻輳」によつて生じた「利用者の不便便」を解消するためこれに必要な直接的具体的な勤務、たとえば夜間まで郵便の整理や配達準備等を要する場合を定めたものと言える。

けだし、同項各号を一読すると明らかなとおり、同項各号中、第二号、第四号、第六号、第八号および第一〇号はいずれもその末尾において「やむを得ないとき」との文言を使用しており、その余の各号はこれを使用していないところ、同項各号の事由を比較対照してみると、「やむを得ないとき」との文言を使用していない号の事由は、原則としてそれ自体で時間外勤務の必要性が客観的に明らかな緊急事態を定めたものであり、右文言を使用している号の事由はそれ自体では右必要性が必らずしも明らかと言えない場合を定めたものであることが看取し得る。しかして、時間外労働協約において時間外勤務事由を定める意義に鑑みるならば、右文言を使用してない号に定める緊急事態があるとして命ぜられる時間外勤務の態様は、この緊急事態を解消するために具体的直接的に有効なものであることを要すると解すべきである。また、右文言を使用している号の事由とは、これを使用していない号に準ずる程度の緊急事態がある場合を言うものと解すべきである。

よつて、仮に本件超勤命令の対象が、郵便遅配の解消を主たる目的とする業務打合会であつたとしても、郵便遅配解消のために直接的具体的に有効な勤務とは言えないから、このような態様の時間外勤務は、同項第一号に該当しないと言うほかない。

3  そこで次に、同項第八号の事由があつたかどうか検討するに、本件会合の内容は主として新任の菊池次長の所信表明であつて、郵便遅配解消のための具体的方策の検討はむしろ副次的なものであつたと言えること、また、仮に本件会合の主たる目的が郵便遅配の解消であつたのであれば、何故本件会合に原告両名を出席させなければならなかつたのか、何故勤務時間中になし得なかつたのかに関し納得し得る事由が存在しないことは前記認定のとおりであるから、結局、本件超勤命令当時同号末尾の「やむを得ないとき」に該当する事態があつたものとは認め難い。

4  そして、本件全証拠によるも、同項中その余の各号に該当する事由に見い出し得ない。

5  してみると、本件超勤命令当時、時間外労働協約第二条第一項所定の「やむを得ない事由」はなかつたと言わざるを得ない。

六むすび

よつて、その余の点について判断するまでもなく、本件超勤拒否は権利の濫用と認められない。

したがつて、原告両名は、本件超勤命令に従うべき義務を負つていなかつたものと言うべきである。

第四本件口頭注意

一はじめに

被告は、本件口頭注意は単なる事実上の口頭による注意に過ぎず、懲戒処分の性質を有しないものであつて、元来損害賠償請求の対象とされるべき侵害行為にあたらないと主張しているので、これについて検討することとする。

二本件口頭注意の経緯および口頭注意に関する規定

<証拠>によれば、口頭注意および本件口頭注意について、次のことが認められ、これに反する証拠はない。

1  本件超勤拒否後、原告林政治は昭和四四年二月一七日の午後一時ころ、原告山本武夫は翌一八日の昼近く、それぞれ局長室に呼ばれ、同室において菊池次長から同人が前記「業務打合会」において訓辞した内容を約三〇分間に亘つて伝えられた。そして、原告山本武夫は、同日局長室に同席していた村田課長から始末書を提出するよう命ぜられ、原告林政治も同日ないし翌一九日に同課長から右同様命ぜられた。

2  原告両名は、いずれも始末書を提出する意思を有しなかつたので、村田課長からの再三にわたる催促にかゝわらずこれを提出しなかつた。これがため、同課長との折合が悪くなり、主事としての職務にも間接的影響を受けるに至り、かなりの精神的苦痛を被つた。そこで、原告両名は、東渡島分会の役員らに相談したところ、同分会は、始末書を提出しないという態度は正しいが、これ以上個人に精神的苦痛を負わせる訳にはいかないと判断し、原告両名に始末書を提出するよう指導した。

3  そこで、原告山本武夫は同月二二日に、「今後は組合からの指令がありましても、客観的に判断して行動するとともに業務命令に違反しないようにします。」旨の、原告林政治は同月二四日に、「今後については、業務命令を尊守して職場規律の確保と正常業務の運行には、鋭意配慮する所存ですが、その時点における客観的な判断をもつて自分の意見を具申して過誤なきよう処置して行く考へです。」旨の、上田局長宛の始末書をそれぞれ提出した、

4  他方、上田局長は、本件超勤拒否は課長を補佐すべき立場にある主事が業務命令を拒否したものであるから重大な事案であると考えていたところ、右のとおり原告両名から始末書が提出されたので、原告両名に一応改悛の情ありと判断し、函館東郵便局職員処分内規(以下東局内規という。)第四条但書を適用し、原告両名に対し口頭注意をなすこととした。しかして、同月二六日上田局長は、原告両名を局長室に呼びつけ、同室において原告両名に対し、「保険課勤務中、組合指令に従うとして超勤命令を拒否したことは、はなはだ遺憾であります。厳重に処分すべきところ、平素の勤務成績、改悛の情が顕著であることを考慮して、口頭で注意します。」旨申し述べて本件口頭注意をなした。このとき同室に、菊池次長も同席していた。

なお、本件口頭注意をなすに際し、上田局長は、札幌郵政局に意見を求めず、また、郵政省において法内超勤拒否を理由として何らかの処分がなされたことがあるか否かについてもまつたく考慮しなかつた。

5  ところで、札幌郵政局管内の郵政職員に適用される職員処分内規(以下札幌郵政局内規という。)の第七条は「処分」として免職、停職、減給、戒告、訓告および注意の六種類を列挙しているがその末尾において右「注意」の「注」として「注意処分のほか、ごく軽微な過失で注意処分に当たらないと認められる場合には、口頭をもつて注意することができる。」旨定めており、また東局内規第四条但書においては「過失の内容が軽微で且つ真に止むを得ないと認められるものは口頭注意とすることができる。」旨定められている。

そして、口頭注意の存在およびその内容は、処分簿(前記六種類の「処分」のなされたこと等を記録する正規の簿冊。)に氏名、年月日、事由等とともに記録されるものであるところ、原告両名は右局長室において本件口頭注意を受けた際、右処分簿に押印させられた。

三本件口頭注意の違法性

右認定事実に鑑みれば、本件口頭注意は、札幌郵政局内規第七条に列挙した六種類の「処分」には含まれないものの、そこに列挙された「訓告」、「注意」に連続する一種の制裁的な措置であることが明らかである。

ところで、使用者が労働者に対して前記の如き制裁的な措置をなし得るのは、労働者に怠慢ないし業務命令違反等の何らかの非違行為があり、これを放置していては職場の秩序が維持し難くなる等の正当な理由を有する場合に限られ、正当な理由を欠く場合には、違法と言うほかない。そしてこの理は、口頭注意自体により労働者に身分上の法的不利益が生じないとしても同じく妥当する。

しかるに、本件超勤拒否が何ら非難し得ないものであつたことは前記認定のとおりであるから、右超勤拒否を理由としてなされた本件口頭注意は違法と言うべきである。

第五被告の責任

一郵便業務の確実、迅速な処理は国民一般の願いであり、郵便物が遅配するが如き事態が頻発するときは、国民生活に多大の混乱を招く虞れがあることは言うまでもない。

したがつて、昭和四三年暮ころから翌四四年二月ころにかけて、函館東局に相当量の郵便物が滞留し慢性化していることを憂い、これが対策と滞貨一掃のため臨時に札幌郵政局人事課課長補佐の地位にあつた菊池三男を東局の次長として迎え、その手腕に期待したこと自体はそれなりに評価しなければならないところである。

しかし、本件会合の実態が郵便遅配の解消を目的とする業務打合せと言うよりも、むしろ右菊池次長の所信表明ともいうべき性格のものであつて、右会合のための本件超勤命令は、時間外労働協約第二条所定の「やむを得ない事由」に該当すると認め難いこと前記認定のとおりである。

二ところで、法内超勤の取扱いに関する問題は、郵政当局と全逓との間において、長年月にわたり論議されてきたものであるが、明解な結論を得るに至らず推移してきたところである。

右法内超勤をめぐる紛争は、労使間におけるまつたく価値観を異にする立場の相違に基づくものであり、原告らが本件超勤命令に従わなかつたのも、右組合の基本的態度を背景としていたからにほかならない。

しかも、従前法内超勤命令を拒否したことのみを理由として何らかの処分がなされた事例はなかつたところである。

三したがつて、上田局長としては原告両名に対し本件口頭注意をなすにあたり、法内超勤の問題が労使間における懸案の問題であることを考慮し、右組合の主張についても十分留意し、学説、判例、各局の取扱いを調査するなどして、本件超勤命令当時一般職の郵政職員が法内超勤義務を負つていたのかどうか、右超勤命令が、時間外労働協約に謂う「やむを得ない事由」に該当するかどうかについて検討すべきところ、同局長はこれを怠り、当局の一方的見解のみに従つて、中間管理者たる原告両名が上司の超勤命令に応じなかつたのは重大であると漫然形式的に判断した過失がある。

そして、上田局長が国家賠償法第一条第一項所定の「公権力の行使に当る国家公務員」であつて、その職務の執行として本件口頭注意をなしたことは前記認定事実により明らである。

よつて、被告は、右条項により、原告両名が被つた後記損害を賠償しなければならない。

四最後に損害について検討する。

一般に口頭注意は、注意処分にあたらない軽微な過失に対してなされるものであつて、そのこと自体から直接身分上不利益な効果が生ずるものでない。したがつて、これにより相手方が被つた精神的苦痛が非常に軽微であり、法律上の保護に値しないものと評価される場合もある。他方、口頭注意によつて指摘された内容、方法如何によつては、相手方が相当の精神的苦痛を受けたと評価される場合もある。

これを本件についてみるに、本件口頭注意は、労使間において未解決の課題である法内超勤にかかわる問題であり、原告両名が始末書の提出を渋つたのは、法内超勤に肯定的態度を示すことができない立場にあつたためである。しかるに、原告両名が再三これを促されて提出するに至つたのは、その不提出によつて生ずる職場内の不愉快な雰囲気を回避するためであつて、その文章自体からも原告両名の味わつた苦衷のほどが察せられるところである。

加えて、正当な理由がなく、本件口頭注意がなされることによつて、労働者としての名誉を傷つけられ、かつ将来にわたり不利益な取扱いを受ける虞れがあるという不安を抱くなど相当の精神的苦痛を被つたことは想像に難くない。

しかも、違法に本件口頭注意を受けた原告両名が司法的救済を受け得る方途は、本件のような損害賠償請求訴訟の提起に限定され、他に格別有効な救済手段を見い出せないことも看過し得ない。

しかし、原告両名の主張の正当性が本件訴訟において認められることにより原告両名の被つた精神的苦痛は相当程度癒されるものと考える。

五よつて諸般の事情を考慮すると、原告両名の右精神的苦痛を慰謝するにはそれぞれ金五、〇〇〇円をもつてするを相当とする。

第六結論

以上の次第であつて、原告両名の請求は、各金五、〇〇〇円および右金員に対する本件口頭注意の後であることが明らかな昭和四四年四月二一日から各支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、仮執行宣言についてはこれを付さないことを相当と認め、主文のとおり判決する。

(新海順次 原田和徳 伊藤剛)

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